登山 行蔵の雑談日記

山登りが趣味のおじさんです。自分が好きな事、気になった事を雑記でつぶやいています。

【映画鑑賞】「トップガン マーヴェリック」はやはり最高だった。

ついに公開された「トップガン マーヴェリック」

この映画は「人は何を見せられたら、『この映画はトップガンだ』と認識するか」という、人間の認知をハックした映画である。

 

この映画を見た感想を率直に言うと、『やっぱりマーヴェリックは超格好いいヒーローで、登場する戦闘機やカワサキのGPZも最高にカッコいい。もちろんストーリーも期待を遥かに上回る作品でした』になります。

 

前作から36年の年月が経過しているので、主人公のトム・クルーズ本人は59歳になっていますし、リアルタイムで初代「トップガン」に衝撃を受けた世代(私もそうです)もすでに大体アラフィフ以上くらいになっており、時代の変化や登場人物の設定、ストーリーの繋がりなどかなり難しいと思うのですが、そんな心配など見事に裏切ってくれました。

 

 

少しだけネタバレを含みますが作品紹介をさせていただくと

トム・クルーズが演じるのは、アメリカ海軍のアビエイターアメリカ海軍では水先案内人を意味する「パイロット」と区別するため、航空機搭乗員のことを「アビエイター」と呼ぶ)、ピート・ミッチェル。『マーヴェリック』のコールサインで呼ばれる天才的な操縦技術を持っている彼なのだが、無鉄砲で鼻っ柱が強い性格故に上官ともよく軋轢を起こしていた。

 

本来なら、彼の実績や功績などを考えれば、少なくとも少将(かなりの上官)にはなっているはずなのだが、今でも現役で戦闘機に乗り続けている一匹狼である。

 

そんなマーヴェリックだが、ある出来事がキッカケで海軍に居場所が無くなりそうになるが急遽、遂行困難な作戦任務が発生し危機一髪で彼の守護天使の計らいで、海軍が運営するスーパーエリート戦闘機搭乗員養成学校「トップガン」の教官に任命される。

 

すでに各配属先でスーパーエリートと呼ばれる戦闘機乗り達をどの様に育ててゆくのか、そしてそこからどの様な展開に発展していくのか、ここから先は是非劇場にてお楽しみください。

 

いやーそれにしてもカッコいい。私も大好きで初代トップガンでも名シーンだった、滑走路から飛び立つ戦闘機とトム・クルーズが乗るカワサキGPZ900R Ninjaが並走している。飛び去ってゆく戦闘機を見ながらサングラスをかけたトム・クルーズが笑みを残し走り去ってゆくシーンは続編でもしっかりありました。

 

最高の傑作の一つだと思うので、何度か映画館に足を運んでしまいそうです。

 

ではまた。See you next time・・・

 

 

【映画予告】ジェームズ・キャメロン監督『アバター』の続編『アバター2』の公開予定は2022年12月

アバター』シリーズについて

これまで幾度となく公開が延期されてきた映画『アバター』の続編である『アバター2』の公開が2022年12月に予定されているようです。

 

最初『アバター2』は2020年12月の公開予定だったと思うのですが、世界的パンデミックの新型コロナウィルスの蔓延によって、延期が続き2022年12月で落ち着いた感じです。

 

さすがに、これ以上の延期は無いと思いたいのですが、もともと『アバター』シリーズは全5部作で構成されているらしく、現時点での『アバター』シリーズの全米公開予定は以下の通りです。

 

アバター2』2022年12月16日

アバター3』2024年12月20日

アバター4』2026年12月18日

アバター5』2028年12月22日

 

これは、全米の公開予定なので日本での公開予定が同じになるかどうかはわかりませんが、

シリーズが5部作まであるのは、映画好きとしてはすごく楽しみです。

 

アバター』は、2009年に全米公開されて全世界で大ヒットしたジェームズ・キャメロン監督の代表作のひとつですが、ここでストーリーを少しだけ振り返ると・・・

 

22世紀、地球から遠く離れた惑星パンドラへとやって来た元海兵隊員のジェイク(サム・ワーシントン)は、自らの分身となる”アバター”を操り、先住民族のナヴィと交流する。

 

ナヴィの女性ネイティリ(ゾーイ・サルダナ)と恋に落ちるも、鉱物資源を巡って勃発する人類とナヴィとの戦争に巻き込まれていく様を描いた作品

 

 
アバター2:ウェイ・オブ・ウォーター』の予告編はYouTubeなどでも公開されているのですが、題名からも想像できる通りに今回は海が舞台になるようです。
 
1作目が山と空と陸が舞台でとても美しくて幻想的な映像だったので、さらにスケールが大きな海が舞台になるとどのような映像になるのか楽しみです。
 
アバター2』は1作目から10年後という設定で、主人公のジェイクとネイティリの間には三人の子供たちがいて、ジェイクは近づきつつある、新たな脅威から自分の家族を守ために戦わなければならなくなる。
 
アバター2:ウェイ・オブ・ウォーター』は、13年間にわたる制作延期と幾たびもの延期を経ての公開となるので、ぜひ映画館で鑑賞されることをお勧めいたします。
 
ではまた。See you next time・・・

【知的とは】知的であるかどうかは態度で判断できるのか?

どのような人物が知的なのか

みなさんこんにちは!

私は突然のギックリ腰から、なんとか順調に回復しつつあることに感謝しています。

 

自分の身体よ!頑張ってくれてありがとう。



今日は知的な人物について少し書いてみたいと思います。

 

私たちは「頭が悪い」と言われることを極端に嫌う傾向かあります。

 

知性が人間そのものの優劣を決めるかどうかは、私が判断するところではないし、そのようなことを気にする必要もないのですが、実際知的であることは現在の世の中においては有利であるし、組織は知的な人物を必要としています。

 

今の世の中を見渡すと、あらゆる属性、例えば学歴、職業、資格、言動、経済状況などが「知的であるかどうか」のモノサシとして考えられており、根拠があるものないものを含めて混沌としています。

 

しかし、人間の属性と知的であるかどうかの関係は、よくわかりませんが少なくとも自分が判断する材料として、5つの態度があると思います。

 

一つ目は、異なる意見に対する態度

知的な人は自分と異なる意見を尊重するが、そうでない人は異なる意見を「自分への攻撃」とみなす。

 

二つ目は、自分の知らないことに対する態度

知的な人は、わからないことがあることを喜び恐れない。また、それについて学ぼうとする。そうでない人はわからないことがあることを恥だと思う。その結果、そのことを隠そうとし学ばない。

 

三つ目は、人に物を教える時の態度

知的な人は、教えるためには自分に「教える力」がなくてはいけない、と思っている。そうでない人は、教えるためには相手に「理解する力」がなくてはいけない、と思っている。

 

四つ目は、知識に対する態度

知的な人は、損得抜きに知識を尊重する。そうでない人は「何のために知識を得るのか」がはっきりしなければ知識を得ようとしない上に、役に立ちそうもない知識を蔑視する。

 

五つ目は、人を判断する時の態度

知的な人は、「相手の持っている知恵を高めるための判断」をする。そうでない人は、「相手の持っている知恵を貶めるための判断」をする。

 

知的である、というのは頭脳が明晰であるかどうかという話ではなく、自分自身の弱さとどれだけ向き合えるか、という話であり、大変な忍耐と冷静さと粘り強さを必要とするものなのだ。と思うわけです。

 

ではまた。See you next time・・・

【柔軟性】腰痛を回避するには心と身体の柔軟性を維持すること

ギックリ腰が少し回復しました

みなさんこんにちは!

私は、1週間ほど前にギックリ腰になってしまい病院で処方された薬を飲んで、なんとか日常生活を送っていたのですが、少しずつ回復してきました。

 

こうしてブログを書けるくらいに姿勢を維持できるので、順調に回復しているのだと思います。

 

今回の腰痛で、病院から処方された痛み止めについて、少し書き留めておこう思いブログを書いています。

 

率直な感想は『現代の薬の効果は、すごいな〜』です。

 

今回私が飲んでいたのは、かなり強い痛み止めだったのでかなり効果はあったのですが、その反動で副作用も強く出ました。

 

とにかく、めまいと胃のムカつきが強いのですが、腰痛を抑えるためなので仕方ありませんね。

 

あと5日ほどは、薬を飲み続けなければならないので、この不快感とも付き合わなければなりませんが、体調を早く戻せるように頑張ります。

 

やはり心と身体の柔軟性の維持が大切!

今回の腰痛を通して散歩やストレッチなどで心と身体の柔軟性を保つことが、大切だとつくづく感じました。

 

私は今回、心と身体のバランスが崩れたことでギックリ腰になったのだと思いますが、サウナに入ったりヨガやストレッチなどで、心と身体の調和を整えることは日頃からやっていこうと思います。

 

1ヶ月くらい仕事がかなり忙しくて、日頃の散歩もストレッチもサボり気味だったので、反動が出てしまいました。

 

これから、また散歩とストレッチを習慣化できるよう、意識していこうと思います。

みなさんも心と身体の健康には気をつけてくださいね。

 

ではまた。See you next time・・・

 

【健康第一】ギックリ腰になりました。みなさん健康にはお気をつけてください

それは突然訪れた!

みなさんこんにちは!

少しブログ更新をお休みさせていただきます。誠に申し訳ございません。

 

突然のことですが、ひどいギックリ腰になってしまいました。

 

こうしてブログを書くために起き上がるのも、辛い状況です。

かといって寝ていても、痛みがひどいので痛み止めを飲んでなんとか生活しています。

 

少し前から、なんとなく腰に違和感はあったのですが、漠然と大丈夫だろう!と甘く見てました。それがいけなかった・・・

 

朝起きて突然、激痛が腰に走りそのままその場でフリーズしたまま動けなくなりました。

 

なんとか、タクシーで病院へいって治療は受けれたのですが、痛くて動けません・・・

 

そんなこんなで、みなさん健康にはお気を付けてくださいね。

 

健康でいれることが一番幸せだと、つくづく感じております。

 

ではまた。See you next time・・・

 

【古代ミステリー】「剱岳 線の記」平安時代のファーストクライマーを探せ! 

 
 
新田次郎の『剱岳<点の記>』は、日露戦争直後の1907年(明治40年)、前人未到とされ、また決して登ってはいけない山と恐れられていた北アルプス剱岳(標高2999m)の登頂に挑んだ測量官を描いた山岳小説の傑作である。
 
 
物語は、設立間もない日本山岳会との初登頂争いの形をとりながら進んでいく。実際はこの初登攀争いはフィクションらしいのだが、剱岳が当時、未踏峰とされていたのは事実である。そして、日本陸軍参謀本部陸地測量部の柴崎芳太郎率いる測量隊が命懸けの登頂に挑み、見事成功した。
 
 
ところが、彼らはそこで信じがたいものを目撃する。未踏峰とされてきた剱岳山頂で彼らは、古代(奈良時代平安時代)の仏具を発見したのだ。
 
 
置かれていたのは、錫杖頭と鉄剣だった。錫杖頭とは、杖の頭部につける金属製の仏具である。振ると円環が触れ合って音が出る。山中で修行する山伏が携行しているもので、柴崎隊よりもはるか昔に、剱岳の山頂にただどり着いていた者がいたのである。
 
 
当時、柴崎隊はあらゆる登攀ルートを検討した上で、最終的に剱岳東部の長次郎谷雪渓に金かんじき(現在のアイゼン)をつけて登るという方法を選んだ。古代の日本に金かんじきなど存在しない。しかも剱岳はロッククライミングの道具がないと登れない難所が無数にあるという。古代の登頂者は当然、空身で登ったはずだ。でも、いったいどうやって?
 
 
本書は、この剱岳をめぐる最大の謎『ファーストクライマーは誰か』に挑むノンフィクションである。この謎解きがものすごく面白い。
 
 
著者は『物語を旅する』をテーマに、世界各地を旅してきた探検家だ。
世界で初めて『ロビンソン漂流記』のモデルとされる漂流者アレクサンダー・セルカークの居住跡を発見したり、浦島太郎の龍宮城を探したり、日本版ロビンソン・クルーソーとも言える江戸時代の漂流民の足跡を追ったり、著者の冒険はワクワクさせられるロマンに溢れている。

 

 

今回もロマンではこれまでの冒険に引けを取らない。なにしろ「古代のファーストクライマーの謎を追う」というのだから。だが、本当にそんなことが可能なのだろうか?ちなみに『剱岳<点の記>』では、測量隊のあいだで、立山信仰の発生と時を同じくして剱岳奈良時代に開山されたのではないか、といった推理が交わされている。

古来、人々は山を崇め、恐れてきた。本書によれば、ヨーロッパや南米では、人間が寄りつき難いほど高い山は不吉な場所とされてきた。一方で、ヒマラヤの高峰は神聖なものとみなされる。ネパールのマチャプチャレ(標高6993m)は神域とされ現代においても未踏峰だという。

 

日本でも、山は古くから信仰の対象とされてきた。たとえば山岳信仰で知られる出羽三山は、三つの山がそれぞれ現世(羽黒山)・前世(月山)・来世(湯殿山)を表すとされ、出羽三山への巡礼は「生まれ変わりの旅」とされる。

 

 

剱岳のファストクライマーは誰か』という謎を解明するにあたり、著者がまず注目したのも立山信仰だった。古くから地元に伝わる立山開山遠起によれば、701(大宝元)年に佐伯有頼という人物が立山を開山したという。開山とは、未踏峰の山に登り、そこで神仏を迎え聖地化することである。個人の修行や一宗派の宗教行為にとどまらず、時にそれは国家鎮護のための祭事として行われたという。剱岳のファーストクライマーも立山開山と関係しているのだろうか。

 

 

謎解きの興を削ぐので詳しい過程は省くが、著者は立山信仰を調べていく中で、別の山岳信仰の存在に気が付く。そして現代では失われた古代の信仰の道を発見するのだ。このプロセスが実にスリリングで面白い。手がかりになるのは、古くから地域に残る伝承や地名である。

 

 

著者は、伝説や地名、言い伝えを一級資料として扱う。声なき民衆の声が反映され、消し去られた歴史の残像が宿るからだという。「キクワウチ」「ガキガンドウ」「ハゲマンザイ」といった古い地名が、著者を失われた古道の発見へと導いていく。

 

 

興味深いのは、この探索の旅を通じて、著者自身が変わっていくことだ。近代アルピニズムが誕生して以降、私たちは山を登山の対象としか捉えてこなかったが、剱岳の謎に挑むうちに、著者の中に山を信仰した古代の人々の感覚が蘇ってくるのである。

 

 

失われた信仰の道を求めて山中に分け入る時、意外にも真相に近づいているという高揚感は感じられない。かわりに著者の心は厳かな気配で満たされていくかのようだ。

 

 

著者の探索は、いつしか剱岳のファーストクライマーの正体や古道の存在を超えた地点にまで進んで行く。4年に渡る探索の果てに著者が辿り着いたのは、心の古層を掘り起こされるような奥深い山の神秘に触れる体験だった。

 

 

『あなたは、なぜエベレストに登るのか』と問われたイギリスの伝説的登山家のジョージ・マロリーは、『そこにエベレストがあるからだ』と答えたが、本書を読まれた読者の方は、きっとこう答えたくなるだろう。『そこに、神様がいるからだ』と。

 

ではまた。See you next time・・・




 

【読書感想】『サピエンス全史』『ホモ・デウス』著者が挑む 人類を揺らす21の課題



全ては虚構の上に成り立っている

皆さんは、自分の「呼吸」を意識したことがあるだろうか?

「自分は今、息を吸って、吐いている」というように意識することはあるだろうか。呼吸は、人間なら誰もが生まれた時からこの世を去る時まで、休まずに続けている。

 

長い人類の歴史の中で、どんなに文明や社会構造が変わろうとも「息を吸って吐く」という行為は、すべての人類が続けてきた。すなわち呼吸は、疑いようのない人間の「真実」と言って差し支えないだろう。

 

しかし、人間のそれ以外の行為や思考の多くは、時とともに変化する「虚構」の上に成り立っている可能性がある。本書「21Lessons」(柴田裕之訳)の著者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、前2作「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福」「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」(いずれも上・下巻、河出書房新社)から本書まで一貫して、こうした「虚構」の影響を前提とした論を展開している。

 

イスラエルヘブライ大学で歴史学を教える著者は、世界的ロングセラーとなっている「サピエンス全史」では、人類の「過去」を見渡した。そして、こちらもベストセラーとなった「ホモ・デウス」は、壮絶な「未来」の予測である。

 

それに続く本書「21 Lessons」がスポットを当てるのは「現在」。日本語版は「21世紀の人類のための21の思考」を副題とし、雇用、自由、平等、コミュニティ、宗教、SF、瞑想(めいそう)といった多岐にわたる21のテーマのもと問題を提起しつつ、人類が「今、ここ」をどう生きるべきかを探っている。

 

著者の論によれば、私たちのアイデンティティーは、ほぼすべて「虚構」の上に構築されたものだ。所属する会社も、家族のあり方も、国家や政府、法律、資本主義、宗教といったものは、自然に発生したのではない。過去の人間が作りあげた「虚構」である。自分の意識でさえ、こうした「虚構」の影響を受けて生まれたものだ。

 

そして、著者が人類の未来をもっとも脅かすものとして挙げるのが「ITとバイオテクノロジーの双子の革命」。人工知能(AI)が人間の体や遺伝子、脳の仕組みを理解し、センサーで私たちの生体反応などのデータを集める。それによって人間の意志決定をコントロールするようになるという。現に私たちは、アマゾンなどのレコメンドにより購買行動の誘導を受けている。今後、そうした誘導が強化され「コントロール」に変わっていく。

 

バイオテクノロジーと合体したAIやITという新たな「虚構」によって、私たちの経済や社会だけでなく、体や心まで再構成される可能性があるという。それに対抗するために著者が勧めるのが、冒頭で触れた『呼吸を意識する』ことなのだ。それによって『揺るぎない自己』を意識し、虚構によるコントロールを軽減できるだろう。

 

本書は、現実の諸問題が未来の人類の運命にどうつながるかを、明快な理論で示している。じっくり読んで、そのつながりを「自分ごと」として考えてみてはいかがだろうか。

ではまた。See you next time・・・