登山 行蔵の雑談日記

山登りが趣味のおじさんです。自分が好きな事、気になった事を雑記でつぶやいています。

自己啓発を辞めて哲学を始めよう

その絶望感をどう扱うのか

最近仕事がうまくいっていない。自分を向上させるヒントを何か得られないか?そんな思いから自己啓発書を購入する方も多いのではないだろうか。

 

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自己啓発書のほとんどは、自分にベクトルを向けるものがほとんどである。「努力して自分を変えることができれば人生で成功できる。自分を信じて前に進むべきだ」これが自己啓発書に共通したメッセージである。しかし現実には自分の内面を変えたからといって必ずしも成功できるとは限らない。

 

成功は職場環境や社会情勢によっても左右されてしまうからである。にもかかわらず自分の内面ばかりに答えを求めて失敗すれば、自分を必要以上に責めて追い込むことになりかねない。

 

それでは、どうすれば良いのか。自己啓発にはまらずに哲学の可能性にめを向けてはどうだろう。

哲学は世界一般に適用できる真理を対象として、過去の真理を「疑う」ことを前提としている。自分の外に意識を向けることで「自分こそは正しい」という態度を克服して、自分への執着を断ち切ることができるというのである。

 

「中身のある人間ほど、自分の外側にある世界に対して好奇心が旺盛である」自分の内側ではなく他者や社会など自分の外側の世界に好奇心を持つときにこそ、自分の中心はより豊かになっていくのではないだろうか。哲学には困難な時代を生き抜くためのヒントが隠されている。そうした事実を感じるために哲学にふれてみてはどうだろうか。

 

 

現代の日本で自己啓発が流行る理由

「自らの意思で学ぶ」という本来の自己啓発からはずれた、科学的に立脚していない自己啓発がもてはやされている現代の日本において、自己啓発にはまりやすい属性の人間は、大卒の正社員の男性であり、体育会系の背景を持っている。これは大企業のビジネスパーソンのモデルに近い。

 

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これからの日本は人口減少、社会福祉の後退とともに衰退していくことになる。それに伴い社会不安が増大して、ますます自己啓発ビジネスの需要は高まっていくと思われる。

 

こうした環境下では、FUDというマーケティング手法が用いられる。FUDとは「不安(Fear)」「不確かさ(Uncertainty)」「疑念(Doubt)」の頭文字をとったものである。わかりやすく説明すると、これからの問題点を煽ることで不安感を増幅していく、その次に問題を解決する方法を提示する、最後にあなた達の抱えている問題を解決できるのは私しかいない。とアピールする。不安などは完全に解消することはないし、問題点も時代とともに次から次へと発生する。一つの問題が解消されても不安が無くなることはない。つまり次から次へと変化する世の中に対して自分も変化するしか生き残る方法はないのである。

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日本という巨大な船は、舟底に穴が開いて沈没していく呈をなしている。こういう時代では、救命ボートとなる資産の形成を急ぐべきだと説く、自己啓発が流行りやすい。自己啓発ビジネスを仕掛ける人は社会不安に煽られワラにもすがりたい人に、自己啓発というワラを売る。そしてその儲けによって自らの救命ボートを確保していく。すなわち自己啓発ビジネスとは「人びとの漠然とした不安」を食い物にする貧困ビジネスなのだ。

 

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