登山 行蔵の雑談日記

山登りが趣味のおじさんです。自分が好きな事、気になった事を雑記でつぶやいています。

【完全解説】共産党が分かれば、世界の明日がわかる

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中国共産党が100周年を迎えた昨年

2021年7月1日中国を支配している中国共産党が100歳の誕生日を迎えた

結党100年を迎え、お祝いムードが続いている。

 

           Keyword

      中国共産党とは

中国を実質『一党独裁』している政党

  現在のトップ

  習近平総書記

設立 1921年7月23日(毛沢東らが覚えていなかったため7月1日が記念日になった)

党員数 9191万4000人

党費 税引き後月収の0.5%〜2%

 

よくも悪くも中国がニュースにならない日はないが・・・

新型コロナウイルス、米中対立、IPO、香港問題、テクノロジー規制

イノベーション、中台の緊張、ウイグル人権問題

 

中国を理解するには、中国共産党を理解することが大切

この機会にまずは知ってみよう!

 

      目次

01 共産党とは、どのようなものなの?

02 仕組みとパワー

03 チャイナドリームの先と大きな課題

 

01 共産党とは、どのようなものなの?

Q ー そもそも共産党って何?

A ー 財産を個人で持つことをやめて、みんなで共有することで貧富の格差をなくし、平等な社会を作ろうとする理想

(モノやお金がみんな平等に同じ)

一言メモ

ドイツの思想家・経済学者のカール・マルクスらが『資本論』で提唱した社会システム

ちなみに『社会主義』も細かい違いはあるが、ざっくり同じ意味

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この思想の実現を目指して結党されたのが『共産党

富裕層・大企業への批判 /  税率アップ /   国有化 /   労働者の賃金増

などを主張することが多い

 

初の共産党政権はソ連から誕生

1922年ーロシア革命が発生(1917年)し、ソビエト社会主義共和国(ソ連)が樹立される

1919年ー国際的な共産主義運動を指導するソ連主導のコミンテルン共産主義インターナショナル)が発足

 

コミンテルンは各国の革命運動を支援

ソ連から革命を輸出しようとした

その結果、世界にさまざまな共産党が誕生

ベトナム共産党 /    キューバ共産党 /   ラオス人民革命党 /    朝鮮労働党

 

そんな中、世界に圧倒的なインパクトをもたらしたのが、中国の共産党の誕生である

 

今やアリババ、テンセント、ファーウェイなど、巨大テック企業を生み出す中国

これら民間企業の躍進も共産党の政党が実は関係している

世界経済にも影響を及ぼす中国共産党は、いかにして今の地位を獲得したのか

 

まずは中国共産党を4つの時代から振り返ってみよう

フェーズ1     屈辱と建国の時代

フェーズ2     失政と闘争の時代

フェーズ3     解放と成長の時代

フェーズ4     自信と野望の時代

 

フェーズ1     屈辱と建国の時代

中国の「清王朝」は産業化に乗り遅れ、ヨーロッパ列強から侵略を受けていた

1840年台ーアヘン戦争でのイギリスによる香港割譲

1900年台ー義和団事件とその後の不平等条約による中国の半植民地化

次々と領土を割譲されていく中国

中国のエリート層には大きな危機感が漂っていた

 

近代国家を作ろうと、さまざまな人々が動き始める

中国革命の先覚者ー孫文(国民党初代主席1866年〜1924没)

中国国民党の指導者ー蒋介石(国民党主席1887年〜1975没)

中国共産党の立役者ー陳独秀中国共産党 初代総書記1879年〜1942没)

 

そして共産党が結成された

1921年  中国共産党結党

ソ連コミンテルンの指導の下に結党され、第一回大会に参加したのは13人

当時の党員は中国全土で57名に過ぎなかった

同じく近代国家を目指す国民党とはライバル関係になる

国民党 VS   共産党

当初、共産党は圧倒的に劣勢だった

ソ連に近かった指導者が国民党との戦いで敗北

1935年今まで傍流だった『毛沢東』が共産党トップになる

農村を拠点に国民党にゲリラ戦を展開する

 

そんな中、共産党にチャンスが訪れる

1937年ー盧溝橋事件(盧溝橋で起きた日本軍と中国国民革命軍との衝突)が発生し、日中戦争が始まる

当初、対日本の主戦力は国民党だった

国民党 VS    日本軍

共産党はその間に勢力を拡大することに力を注ぐ

農地解放で農民から支持を集める

 

そして、劣勢からの大逆転を果たす

1949年蒋介石率いる国民党は台湾に逃れ『中華民国』も併存することになる

そして、現在の『台湾問題』へと繋がっていくのだがその話はここではしない

 

フェーズ2  失政と闘争の時代

国作りの苦悩が始まる

1949年  中華人民共和国設立

1954年  共産党の『一党独裁』体制になる

軍事戦略家として才能があった毛沢東だったが国家建設では大苦戦、多くの失敗を積み重ねた

発展と『平等』を急ぎすぎた

1958年〜1961年 大躍進運動

毛沢東は急進的に共産主義実現を目指した

国民を大量動員した鉄鋼の増産・水利建設・集団で農業をする人民公社の推進・無料で食べられる公共食堂

 

その結果、農業より製鉄、水利建設を優先し食糧生産がダウン

公共食堂は無料だったため浪費で食糧減

食糧減産の報告は許されず、現場からは虚偽報告が相次いぎ、その報告が信用された

その結果、推定4000万人が大飢饉により死亡したといわれる

 

権力闘争と知識階級の追放

1966年〜1976年 文化大革命

大躍進の失敗を受けて、権力を高めた劉少奇・鄧小平から権力を奪い返そうと毛沢東らが起こした権力闘争

多くの市民を巻き込み、裏切り、虐待、殺戮が起き経済・社会・文化の面で壊滅的な混乱が起きた

そして、毛沢東の個人独裁はついに終わりを迎える

1976年 毛沢東が死去

毛沢東の後を受け継いだ華国鋒だったが、文化大革命を生き延びた鄧小平との権力闘争に敗れ影響力を失う

 

 

To be continued・・・

 

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