登山 行蔵の雑談日記

山登りが趣味のおじさんです。自分が好きな事、気になった事を雑記でつぶやいています。

【古代ミステリー】「剱岳 線の記」平安時代のファーストクライマーを探せ! 

 
 
新田次郎の『剱岳<点の記>』は、日露戦争直後の1907年(明治40年)、前人未到とされ、また決して登ってはいけない山と恐れられていた北アルプス剱岳(標高2999m)の登頂に挑んだ測量官を描いた山岳小説の傑作である。
 
 
物語は、設立間もない日本山岳会との初登頂争いの形をとりながら進んでいく。実際はこの初登攀争いはフィクションらしいのだが、剱岳が当時、未踏峰とされていたのは事実である。そして、日本陸軍参謀本部陸地測量部の柴崎芳太郎率いる測量隊が命懸けの登頂に挑み、見事成功した。
 
 
ところが、彼らはそこで信じがたいものを目撃する。未踏峰とされてきた剱岳山頂で彼らは、古代(奈良時代平安時代)の仏具を発見したのだ。
 
 
置かれていたのは、錫杖頭と鉄剣だった。錫杖頭とは、杖の頭部につける金属製の仏具である。振ると円環が触れ合って音が出る。山中で修行する山伏が携行しているもので、柴崎隊よりもはるか昔に、剱岳の山頂にただどり着いていた者がいたのである。
 
 
当時、柴崎隊はあらゆる登攀ルートを検討した上で、最終的に剱岳東部の長次郎谷雪渓に金かんじき(現在のアイゼン)をつけて登るという方法を選んだ。古代の日本に金かんじきなど存在しない。しかも剱岳はロッククライミングの道具がないと登れない難所が無数にあるという。古代の登頂者は当然、空身で登ったはずだ。でも、いったいどうやって?
 
 
本書は、この剱岳をめぐる最大の謎『ファーストクライマーは誰か』に挑むノンフィクションである。この謎解きがものすごく面白い。
 
 
著者は『物語を旅する』をテーマに、世界各地を旅してきた探検家だ。
世界で初めて『ロビンソン漂流記』のモデルとされる漂流者アレクサンダー・セルカークの居住跡を発見したり、浦島太郎の龍宮城を探したり、日本版ロビンソン・クルーソーとも言える江戸時代の漂流民の足跡を追ったり、著者の冒険はワクワクさせられるロマンに溢れている。

 

 

今回もロマンではこれまでの冒険に引けを取らない。なにしろ「古代のファーストクライマーの謎を追う」というのだから。だが、本当にそんなことが可能なのだろうか?ちなみに『剱岳<点の記>』では、測量隊のあいだで、立山信仰の発生と時を同じくして剱岳奈良時代に開山されたのではないか、といった推理が交わされている。

古来、人々は山を崇め、恐れてきた。本書によれば、ヨーロッパや南米では、人間が寄りつき難いほど高い山は不吉な場所とされてきた。一方で、ヒマラヤの高峰は神聖なものとみなされる。ネパールのマチャプチャレ(標高6993m)は神域とされ現代においても未踏峰だという。

 

日本でも、山は古くから信仰の対象とされてきた。たとえば山岳信仰で知られる出羽三山は、三つの山がそれぞれ現世(羽黒山)・前世(月山)・来世(湯殿山)を表すとされ、出羽三山への巡礼は「生まれ変わりの旅」とされる。

 

 

剱岳のファストクライマーは誰か』という謎を解明するにあたり、著者がまず注目したのも立山信仰だった。古くから地元に伝わる立山開山遠起によれば、701(大宝元)年に佐伯有頼という人物が立山を開山したという。開山とは、未踏峰の山に登り、そこで神仏を迎え聖地化することである。個人の修行や一宗派の宗教行為にとどまらず、時にそれは国家鎮護のための祭事として行われたという。剱岳のファーストクライマーも立山開山と関係しているのだろうか。

 

 

謎解きの興を削ぐので詳しい過程は省くが、著者は立山信仰を調べていく中で、別の山岳信仰の存在に気が付く。そして現代では失われた古代の信仰の道を発見するのだ。このプロセスが実にスリリングで面白い。手がかりになるのは、古くから地域に残る伝承や地名である。

 

 

著者は、伝説や地名、言い伝えを一級資料として扱う。声なき民衆の声が反映され、消し去られた歴史の残像が宿るからだという。「キクワウチ」「ガキガンドウ」「ハゲマンザイ」といった古い地名が、著者を失われた古道の発見へと導いていく。

 

 

興味深いのは、この探索の旅を通じて、著者自身が変わっていくことだ。近代アルピニズムが誕生して以降、私たちは山を登山の対象としか捉えてこなかったが、剱岳の謎に挑むうちに、著者の中に山を信仰した古代の人々の感覚が蘇ってくるのである。

 

 

失われた信仰の道を求めて山中に分け入る時、意外にも真相に近づいているという高揚感は感じられない。かわりに著者の心は厳かな気配で満たされていくかのようだ。

 

 

著者の探索は、いつしか剱岳のファーストクライマーの正体や古道の存在を超えた地点にまで進んで行く。4年に渡る探索の果てに著者が辿り着いたのは、心の古層を掘り起こされるような奥深い山の神秘に触れる体験だった。

 

 

『あなたは、なぜエベレストに登るのか』と問われたイギリスの伝説的登山家のジョージ・マロリーは、『そこにエベレストがあるからだ』と答えたが、本書を読まれた読者の方は、きっとこう答えたくなるだろう。『そこに、神様がいるからだ』と。

 

ではまた。See you next time・・・